新月考

赤十字社イスラムでは赤新月社となり、そのデザインも十字から新月になっている。
英名では Red Cross あるいは Red Crescent となり、どちらも短縮して同じイニシャルとなる。
ところでこの赤新月社の旗を見ると三日月であることに気が付く。月があるのだ。こういう状態でも新月と呼ぶのか? Crescent も新月と三日月の意味があるぞ?

例によって辞書引用。
大辞林
>(1)「朔(サク){(1)}」に同じ。
>(2)陰暦で,月の初めに見える細い月。特に,陰暦八月三日の月。[季]秋。
>(3)東の空に昇り始めた月。「三五夜中―白くさえ/平家 7」
大辞泉
>(1)「朔((さく))(1)」に同じ。
>(2)陰暦で、(1)を過ぎたころ、西の空に見える細い月。また特に、陰暦八月三日の月。《季 秋》「―に蕎麦((そば))打つ草の庵かな/几董」
>(3)東の空に輝き出てくる月。「三五夜中―白く冴え」〈平家・七〉
広辞苑
>(1)月と太陽の黄経が等しい時の称。すなわち、陰暦で、月の第1日。朔(さく)。
>(2)陰暦で、月の初めの夜に見える月。[季]秋。本朝文粋「かの―をみればかすかなるそのかたちあり」
>(3)十五夜に、東方に輝き出た月影。平家物語7「三五夜中―白くさえ」

辞書には複数項目がある場合の列挙順というのが決まっていて、大辞林は現代に置いてよく使われる順番、広辞苑は歴史順である。ただし気を付けなければいけないのは広辞苑の場合、理学的な定義がある場合にはそれを先に記述することがある。
完全な歴史順を調べたい時には国語大辞典を参照する。

国語大辞典(新装版)小学館 1988
>1 朔(さく)4を過ぎてから夕方西空に初めて見える細い月。初期の太陰暦では新月の見えた日をもって新しい暦日のはじめとした。《季・秋》
>2 新たに東の空に輝き出た月。

大辞林大辞泉広辞苑は朔と新月を同値にした意味を1番目に乗せているのに対し、国語大辞典はその意味は存在しないことに気づく。これは何を意味するか。新月が朔と同じ意味づけがなされたのは近年であり、それは理学的な要請からきたものであるということなのだ。つまり、伝統的な日本語としては新月とは朔を終えて初めて月が光った部分を見せた時を意味する。

こうして赤新月の謎も解ける。あの記章の名称は日本語的に正しいものだと。
朔を含めて前後の三日間は太陽に近すぎて月の光る部分が肉眼で見ることが難しい。それが可能になるのが三日月の時。新月を拡大解釈すれば三日月と同じなのだ。これで Crescent の意味の謎も解ける。伝統的な意味での新月と Crescent は同じ物なのだ。